龍角寺

これまで龍角寺古墳群をご紹介してきました。古墳群から北上すると天台宗龍角寺があります。発掘調査により、創建年代は7世紀まで遡ることが明らかとなっています。これにより、岩屋古墳に埋葬された方の後継者は古代寺院である龍角寺を建立したものと推測されます。

手前に並んでいる石が仁王門跡です(2017年11月撮影)。
龍角寺

仁王門の礎石です。
龍角寺仁王門跡礎石

奥の一段高いところが金堂跡です。
龍角寺金堂跡

風土記の丘資料館に展示されていた金堂跡の礎石です。
龍角寺金堂の礎石

境内にある古瓦保存塚です。
龍角寺古瓦保存塚

塔跡の礎石です。とても大きいです。
龍角寺塔心礎
龍角寺帰路

現在では当時の建物は残っていませんが、往時を偲ぶことはできるのではないでしょうか。岩屋古墳に埋葬された方は龍角寺創建に携わっていた可能性もあります。

龍角寺から出土した瓦は奈良県桜井市に所在する山田寺と同型式のものであり、岩屋古墳の規模などからも、この地が当時の中央と密接な関係にあったものと推測されます。

龍角寺古墳群 後編

予約投稿です。

71号墳。全長約27mを測る前方後円墳です。右側が後円部です(2017年11月撮影)。
龍角寺71号墳

78号墳。直径約35mを測る円墳です。
龍角寺78号墳

101号墳。直径約25mを測る円墳です。発掘調査が行われており、多量の円筒埴輪や形象埴輪が出土しています。埋葬施設は木棺直葬で、他に墳裾や周溝内からも箱式石棺など4つの埋葬施設が確認されています。注目されるのは墳裾の石棺から複数個体の人骨が出土していることです。これだけ古墳を築造しているのに埋葬施設が複数あるのも驚きです。古墳群全体でどれだけの方々が埋葬されたのでしょうか。101号墳は墳丘が復元され、埴輪のレプリカも置かれています。
龍角寺101号墳
龍角寺101号墳

104号墳。一辺34mを測る方墳です。岩屋古墳に近接して所在し、埋葬施設である横穴式石室が一部露出しているとのことですが、確認できませんでした。石材は貝化石の切石だそうです。
龍角寺104号墳

風土記の丘資料館です。龍角寺古墳群から出土した遺物などをここで見学することができます。
房総風土記の丘資料館

資料館わきには龍角寺108号墳と成田市瓢塚41号墳で確認された石室が屋外展示されています。手前が瓢塚41号墳、奥が龍角寺108号墳のものです。板状の片岩で構築されていますが、小型で石室というよりは石棺に近い形態です。両古墳ともに方墳であることも注意されます。
瓢塚41号墳石室

資料館奥には縄文時代や古代の竪穴住居が復元展示されています。
復元竪穴住居

風土記の丘は房総のむらに含まれ、江戸時代以降の武家屋敷、商家や農家なども展示されています。こういう建物と見ると、不思議と落ち着きます。
上総の農家
商家の町並み
商家の町並み
商家の町並み

古墳あり、昔の建物ありで歴史好きには1日では足りないかも知れませんね。天気が良い日にはお散歩しても気持ちよく、お勧めのスポットです。

龍角寺古墳群 前編

予約投稿です。

龍角寺古墳群はこれまでに114基の古墳が確認されています。そのうち78基が、風土記の丘として保存されています。定期的に草刈りも行われており、資料館も併設されています。

今回は主要な古墳をいくつかご紹介します(2017年11月撮影)。

まずは21号墳、全長約42mを測る前方後円墳です。手前が前方部です。規模の割に高さがあります。
龍角寺21号墳前方部側より

32号墳。直径約18mを測る円墳です。墳丘には馬頭観音が祀られています。古墳群には写真のように古墳の番号と墳形、大きさなどがわかるように表示板が取り付けられています。
龍角寺32号墳

37号墳。全長約31mを測る前方後円墳です。後円部に比べて、前方部は短く、高さも低くなる帆立貝式の古墳です。龍角寺古墳群で確認されている前方後円墳にはこのタイプのものが、多いのも一つの特徴です。
龍角寺37号墳

53号墳。全長約31mを測る前方後円墳です。手前が前方部です。埋葬施設はくびれ部から箱式石棺が出土しており、展示公開されています。古墳群の古墳は発掘調査されているものが少ないため、埋葬施設等が判明しているものはごくわずかです。
龍角寺53号墳前方部側より
龍角寺53号墳石棺

57号墳。全長約48mを測る前方後円墳です。手前が前方部です。高さがあり、前方部も発達しています。古墳群の中では浅間山古墳に次いで二番目に大きな前方後円墳です。
龍角寺 57号墳
龍角寺 57号墳

65号墳。直径約18mを測る円墳です。発掘調査が行われており、埋葬施設は木棺を直葬したものと推測されています。
龍角寺65号墳

65号周辺の古墳です。あちらこちらにマウンドがあります。
龍角寺65号墳周辺

68号墳。全長約30mを測る前方後円墳です。右側が後円部です。
龍角寺68号墳

浅間山古墳

予約投稿です。

浅間山古墳(龍角寺111号墳)は千葉県栄町に所在します。龍角寺古墳群を代表する前方後円墳です。

龍角寺古墳群は、これまで何度か訪れましたが時間が足りないか、場所がわからずで、今回やっと訪問することができました(2017年11月撮影)。

道路の下のトンネルを抜けて行きます。本当にこの先に古墳があるのか少し不安です。
浅間山古墳往路
浅間山古墳往路

ありました。やっとたどり着けることができました。後円部には階段が設けられています。全長は約78mを測ります。この古墳は当初、龍角寺古墳群成立期の前方後円墳と考えられてきましたが、平成年間の発掘調査により、古墳群最後の前方後円墳と改められるようになりました。浅間山古墳築造後、首長墓は前方後円墳から前回ご紹介した方墳である岩屋古墳へと変遷するようです。
浅間山古墳
浅間山古墳

墳頂には浅間社が祀られています。社が祀られている小高い墳丘は後に盛土されたもののようです。
浅間山古墳後円部上段
浅間山古墳墳頂

墳丘は自然地形を巧みに利用して構築されているようです。
浅間山古墳後円部より
浅間山古墳前方部より

墳丘には段築が確認されています。古墳群とはやや離れており、ここまでくると、さすがに訪れる人もありませんでした。
浅間山古墳段築
浅間山古墳後円部側より
浅間山古墳前方部端部

埋葬施設は発掘調査により、後円部に横穴式石室が確認されています。石材はこれまでご紹介した貝化石の切石によるものではなく、筑波山周辺の片岩というものによって構築されています。金銅製冠飾、銀製冠や花形飾り金具のほか、金装飾り弓、太刀などの武器類、馬具など大量の金属製品が出土しています。また、漆片や鉄釘も出土しており、漆塗りの木棺が置かれていたものと推測されています。このほかに箱式石棺もあり、複数の方々が埋葬されたものと思われます。

この古墳の不思議なことは、玄室内に石棺が納められていたにも関わらず内部は空洞で、石室内から出土した副葬品ももともとの位置とは考えられず、平安時代に石室内に人が侵入する以前に、意図的に埋め戻されており、埋葬後に何らかの理由によって副葬品が動かされた可能性が高いことです。

浅間山古墳に仮埋葬されたのちに、二つの石室が計画的に構築された岩屋古墳に再埋葬されたとか、被葬者が中央から派遣された方で、のちに出自の地に埋葬されたとか推理は拡がります(あくまでも私見です)。前者ですと墳形が変化することになります。


秩父神社

明けましておめでとうございます。

昨年はご訪問頂き有難うございました。本年も宜しくお願い致します。


昨年末に泊りで埼玉県の秩父に出掛けてきました。一年間無事に働いてくれた自分の体に感謝です。

秩父神社に参拝してきました。大晦日の準備も始められていました。
秩父神社
秩父神社神門
秩父神社本殿
秩父神社本殿

もともとは知知夫なのですね。
秩父神社本殿

本殿には左甚五郎作と伝えられる、さまざまな彫刻が施されています。
秩父神社本殿子宝子育ての虎
秩父神社本殿つなぎの龍
秩父神社本殿北辰の梟

有名な日光の東照宮の三猿(2012年4月更新日光旅情参照)が、「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対して、こちらの三猿は「よく見て・よく聞いて・よく話す」なのだそうです。
秩父神社本殿お元気三猿

帰路は今宮神社に寄りました。
今宮神社

龍神木です。パワースポットとして知られています。
今宮神社龍神木
今宮神社龍神木

以前、訪れたときは駅前は工事中でしたが、祭の湯という温泉と名産のお買い物ができる施設が出来ていました。フードコートで食べたみそぽてとです。
祭りの湯みそぽてと
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Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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