船田古墳

多摩御陵を参拝した際に、船田古墳まで足をのばしてみました(2015年12月撮影)。

団地造成の際に発見され、昭和年間に発掘調査が行われました。現在は団地の一角に公園として保存されています。
船田古墳

墳丘は既に削平されていましたが、周溝の発見により直径約14mの円墳であることが判明したそうです。
船田古墳
船田古墳

埋葬施設は河原石による横穴式石室でしたが、副葬品は出土しなかったようです。埋葬施設の位置と大きさが判るように表示されています。
船田古墳の埋葬施設

市内の多くの古墳は既に破壊されているものが多い中で、保存された船田古墳は貴重な存在と言えるでしょう。


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多摩御陵

以前から訪れてみたいと思っていた、多摩御陵(武蔵陵墓地)まで出掛けてきました(2015年12月撮影)。
多摩御陵参道より
多摩御陵
多摩御陵

石砂利の長い参道を歩いて行きます。
多摩御陵参道

実は古墳は現代も造り続けられています。天皇家のごく一部の方々だけですが。古来、皇族ないしそれに関連する陵墓とされるものは全国に896もあるそうです。それらは宮内庁によって管理されています。

多摩御陵には大正天皇、昭和天皇とその皇后がお眠りになられています。ちなみに明治天皇陵は京都の伏見にあります。

まずは大正天皇陵に向かいます。墳形は上円下方墳で、皇后は少し規模が小さくなりますが、これまた上円下方という墳形を採用していることは興味があります。
大正天皇多摩陵
貞明皇后多摩東陵

次に第124代の昭和天皇陵に向かいます。こちらも上円下方墳ですが、大正天皇陵に比べて円丘部の均整がとれているように見えます。設計方法に変更がなされたのでしょうか。
昭和天皇武蔵野陵
昭和天皇武蔵野陵
香淳皇后武蔵野東陵

前方後円墳等の古墳に埋葬されていた天皇は、江戸時代には供養としてのお堂や石塔などに変わるようです。第121代孝明天皇陵になって再び古墳という形が採用され、次代の明治天皇陵になり、第38代天智天皇陵に習い上円下方墳という墳形が採用されました。以降、古墳という形と上円下方墳という祭祀が続けられています。

近年になって、墳形のお手本とされてきた天智天皇陵は上円下方墳の円丘部とされてきたところが、八角形であることがわかりました。この日は参拝される方々もおり、陵墓付近は護衛されています。古代でいうところの陵守でしょうか。日本の伝統と歴史の長さを感じることができます。
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