飛鳥の石造物 三光石

日中はそうでもないですが、朝夕は肌寒くなってきました。窓から見える森も少しずつですが、紅葉しはじめました。今もお外で働いていますが、寒くなる前に何とか終わらせたいと思っております。

本日は飛鳥の石造物の第三弾、三光石のご紹介です。三光石は二面石と同じく橘寺境内にあります。

三光石

伝説では聖徳太子が勝鬘経の講義をした際に日、月、星の光を放ったと言われています。不思議な形をしていますが、それぞれの石が日、月、星に当たるのでしょうか。何か壮大な宇宙の話のように思います。

この奇跡を経て、推古天皇の命により、橘寺が創建されたそうです。橘寺は立派な寺院だったようですが、現在では五重塔跡にその面影が残るだけのようです。
五重塔跡
五重塔跡塔心礎





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飛鳥の石造物 二面石

今日は一日雨でした。都心部にも台風が接近している模様です。皆様もくれぐれもお気をつけ下さい。

本日は猿石に続き、飛鳥の石造物第二弾です。二面石は橘寺境内に所在します。橘寺といえば、かの聖徳太子所縁の地です(2009年5月撮影)。
橘寺遠景

こちらが二面石です。左右両側にお顔が彫り込まれています。
二面石

向かって右側の善顔です。
二面石右善面

左側の悪顔です。未完成の様にも見えますが、風化のせいでしょうか。
二面石左悪面

猿石もこのように両側にお顔があるようです。人間の心の両側を表現したものと考えられています。ジキルとハイドみたいですね。仏教伝来と関係しているのでしょうか。

飛鳥の石造物 猿石

私が飛鳥地方を訪れたのは古墳見学はもちろんのこと、この地方に多く遺されている石造物を見ることが目的でした。

本日はその第一弾です。石造物を見学する前にまず伝欽明天皇の陵墓を訪れました。伝とつくのが難しいところで、本当に欽明天皇が埋葬されているかはともかくとして、有力な方が埋葬されていることに間違いありません。全長約140mを測る前方後円墳です(2009年5月撮影)。
梅山古墳(伝欽明陵)参道

欽明天皇在位のときに、日本に仏教が伝来したものと考えられています。
梅山古墳(伝欽明陵)ご拝所

陵墓ですので、もちろん中に入ることはできませんが綺麗に整備されています。
梅山古墳(伝欽明陵)前方部側より

さて、いよいよ石造物を訪れます。右手の森が伝欽明陵で、左手の民家の奥に見えている森が石造物のある伝吉備姫王墓になります。
梅山古墳(伝欽明陵)と吉備姫王墓

ご拝所です。柵の隙間から石造物が少し見えていますが、わかるでしょうか。
吉備姫王墓ご拝所

墳丘です。随分小さい円墳のようです。吉備姫王墓は欽明天皇の孫にあたる方だそうです。
吉備姫王墓墳丘

ご拝所の柵に近くと、いよいよ目的の石造物が見えてきます。全部で4体あります。最初は良く観光写真などで見る猿石です。
山王権化
残りの3体です。それぞれ独特な表情と仕草です。
女
男
法師

これらの石造物はもともとは伝欽明陵に置かれていたそうです。古墳が築造された前後には造られていたものと考えられます。現状では正面からしか観察できませんが、裏面にも顔があるそうです。

もし、この古墳が欽明天皇の陵墓でないとすると、このような石造物を古墳に据えさせる被葬者とは、どなただったのでしょうか。興味がありますね。





石舞台古墳

今回は石舞台古墳のご紹介です。

古墳に興味がなくても、教科書などで写真を見たことがある人も多いのではないでしょうか。横穴式石室を覆っていた墳丘は削平され、石室上部が露出しています。少なくとも江戸時代には現在とほぼ同じ状況だったようです(2009年5月撮影)。
石舞台古墳石室

規模は一辺55mを測り、墳形は現状では方墳ですが、東京都府中熊野神社古墳と同じ上円下方墳の可能性も指摘されています。

残された墳丘と周溝底には石が貼付けられています。このような貼石は飛鳥地方の古墳の特徴の一つではないかと思います。関東地方では葺石とよばれるものをもつ古墳もありますが、それらが自然の河原石等で葺くのに対して、面取りされた石を貼り付けることに違いがあるようです。
石舞台古墳墳丘貼石

横穴式石室の入り口です。手前には排水溝があります。壁面崩落のためか、こちらにも敷石が見られます。内部に見学者がたくさん見られますが、これだけの人数が入れるぐらいの大きさです。
石舞台古墳羨道より

遺体を埋葬する玄室内部です。人が写っているのでどれだけ高いか良くわかると思います。約4.8mもあるそうです(驚)。
石舞台古墳玄室

昭和年間に発掘調査が行われ、その際出土した石棺片をもとに、傍らに家型石棺が復元されています。
石舞台古墳復元家型石棺

被葬者には蘇我馬子が有力視されており、前回ご紹介した都塚古墳の被葬者には馬子の父、蘇我稲目が推測されています。蘇我氏一族は方墳を築造したものと考えられています。石舞台古墳は歴史的背景から意図的に破壊されたものではないかとも考えられています。

いずれにしても古代史を含めて被葬者が推測可能という身近な点で、飛鳥の古墳は人気があるのかもしれませんね。周辺は国営の歴史公園となっており、ここで風景を見ながら歴史に思いをはせるのもいいのではないでしょうか。
国営飛鳥歴史公園




都塚古墳

先日、奈良県明日香村に所在する都塚古墳の発掘調査の成果が報道されました。それによると、規模は一辺が40mを超える方墳で、墳丘は5段以上の段築からなり、段築斜面に川原石を積み上げたものであると考えられているようです。日本にもピラミッドが!には驚きましたが(笑)。

都塚古墳ほどではありませんが、復元された武蔵府中熊野神社古墳も墳形こそ異なれ、似ているような気がします。

実は以前に訪れたことがあり、その際の写真を探してみました。都心と違いこのような風景に古墳が遺されていることが、嬉しく感じます。左手に見えるのが都塚古墳です(2009年5月撮影)。
都塚古墳遠景

墳丘です。上部には段築状のものが見えていますが、墳裾は明確ではありません。
都塚古墳墳丘

この古墳は、別名金鶏塚とも呼ばれていたそうで、道路際に横穴式石室が開口しています。
都塚古墳横穴式石室

柵があって、内部には入れませんが玄室内に家の屋根の形をした石棺(家型石棺)があります。石棺は蓋と身からなりますが、蓋は動かされています。
都塚古墳玄室
苔が生えていますが、時の流れを感じさせます。
都塚古墳玄室内家型石棺

近くには有名な石舞台古墳があります。石舞台古墳には多くの人が訪れていましたが、都塚古墳に訪れる人はほとんどいませんでした。まさかこんな発見になるなんて。

近くでこんな看板をみつけました。是非行きたいと思ったのですが、既に脚が棒になっており断念しました。もしかして古墳の石室石材と関係するのでしょうか。
くつな石の由来



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Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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