白坂横穴墓群

予約投稿です。

白坂横穴墓群は東京都町田市に所在します(市指定史跡)。
往路景色

沢谷戸自然公園より見た横穴墓が位置する斜面です(2011年4月撮影)。
白坂横穴墓群遠景

正面の階段を登ったところが横穴墓です。
白坂横穴墓群入口
白坂横穴墓群

2基の横穴墓が見学できるようになっています。上段が正面右手、下段が左手の横穴墓です。
白坂横穴墓群右側横穴

奥が一段高く掘り残されており、玄室との境を造り出しています。
白坂横穴墓群左側横穴

周辺には2基以外の横穴墓と思われる穴がありました。
白坂横穴墓群横穴墓か

この日は天気が良かったので、内部はあまり観察できませんでした。以下は、以前訪れた際の写真です(1993年5月撮影)。正面右手の横穴墓です。床面には礫が敷かれ(礫床)、奥壁と側壁には横穴を掘削した際の、工具の痕が明瞭に観察できます。また、手前には石で仕切りがなされています(間仕切り)。この仕切りの奥が埋葬された場所と思われます。
白坂横穴墓群

玄室より入り口を見たものです。丁寧に構築されているのがわかります。
白坂横穴墓群
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西谷戸横穴墓群

予約投稿です。

西谷戸横穴墓群(東京都指定史跡)は東京都町田市に所在します。有名な緑山スタジオの近くです。

途中で立ち寄った三輪中央公園付近の桜です。早く暖かくならないですかね(2011年4月撮影)。
往路

横穴墓群が構築されている丘陵斜面です。
西谷戸横穴墓群

西谷戸横穴墓群はこれまでに9基の横穴墓が確認されており、発掘調査により5号墓からは金銅製圭頭大刀が出土しており、人物、船などの線刻壁画も確認されているそうです(中央上段)。
西谷戸横穴墓群
西谷戸横穴墓群
西谷戸横穴墓群

時期的なものなのか、副葬品に圭頭大刀が含まれているのにも関わらず、ここでも高塚古墳は確認されていません。横穴墓群はフェンスに囲まれており、内部を見学することはできません。近年、横穴保存のため埋め戻しがなされたようです。

久保ヶ谷戸横穴墓

予約投稿です。

久保ヶ谷戸横穴墓は東京都町田市に所在します。多摩ニュータウン建設に先立って、発掘調査が行われています。横穴墓は通常、いくつもの群をなして造られることが多いのですが、この横穴墓は単独で、その構造にも特徴があります。まず、墓前祭祀を行う場所である前庭部と呼ばれる場所の長さが長いこと、その側壁と墓室入口には石垣状に河原石が積み上げられていることにあります。

横穴墓は三ッ目山公園内にありますが、現状保存ではなく場所を移動したレプリカです。ただし、実際に出土した河原石で造られているそうです(2016年12月撮影)。
久保ヶ谷戸横穴墓

長い前庭部です。長さ約19m、幅約4mを測り、高さは3.3m以上もあったものと推測されています。
久保ヶ谷戸横穴墓前庭部より
久保ヶ谷戸横穴墓

入口は加工された切石によって塞がれ、墓室への門扉のようになっています。
久保ヶ谷戸横穴墓閉塞石

以下の写真は発掘調査時に行われた現地説明会で撮影したものです(1997年10月撮影)。
久保ヶ谷戸横穴墓

石垣状の石積みの前に長い前庭部が拡がっています。
久保ヶ谷戸横穴墓前庭部より

石積みと墓室入口です。
久保ヶ谷戸横穴墓羨門前庭部石積

玄室には河原石が敷かれています(礫床)。下段奥(右側)には間仕切りがなされ、床面も高くなり棺台を造り出しています。
久保ヶ谷戸横穴墓玄室上部より
久保ヶ谷戸横穴墓礫床棺台

遺物は前庭部から直刀1点、六窓鍔1 点、鉄鏃7 点、須恵器の大甕などが出土しています。
久保ヶ谷戸横穴墓出土六窓鍔

市内では横穴墓は知られていますが、高塚古墳の存在はその可能性があるものの、明らかになっていません。単独で存在することからも本来は高塚古墳に埋葬される身分に匹敵する方だったのではないでしょうか。あえて古墳を造らずに、横穴式石室の影響をうけたと考えられる河原石を使用した丁寧な横穴墓を築造した理由は何だったのでしょうか。

船田古墳

多摩御陵を参拝した際に、船田古墳まで足をのばしてみました(2015年12月撮影)。

団地造成の際に発見され、昭和年間に発掘調査が行われました。現在は団地の一角に公園として保存されています。
船田古墳

墳丘は既に削平されていましたが、周溝の発見により直径約14mの円墳であることが判明したそうです。
船田古墳
船田古墳

埋葬施設は河原石による横穴式石室でしたが、副葬品は出土しなかったようです。埋葬施設の位置と大きさが判るように表示されています。
船田古墳の埋葬施設

市内の多くの古墳は既に破壊されているものが多い中で、保存された船田古墳は貴重な存在と言えるでしょう。


多摩御陵

以前から訪れてみたいと思っていた、多摩御陵(武蔵陵墓地)まで出掛けてきました(2015年12月撮影)。
多摩御陵参道より
多摩御陵
多摩御陵

石砂利の長い参道を歩いて行きます。
多摩御陵参道

実は古墳は現代も造り続けられています。天皇家のごく一部の方々だけですが。古来、皇族ないしそれに関連する陵墓とされるものは全国に896もあるそうです。それらは宮内庁によって管理されています。

多摩御陵には大正天皇、昭和天皇とその皇后がお眠りになられています。ちなみに明治天皇陵は京都の伏見にあります。

まずは大正天皇陵に向かいます。墳形は上円下方墳で、皇后は少し規模が小さくなりますが、これまた上円下方という墳形を採用していることは興味があります。
大正天皇多摩陵
貞明皇后多摩東陵

次に第124代の昭和天皇陵に向かいます。こちらも上円下方墳ですが、大正天皇陵に比べて円丘部の均整がとれているように見えます。設計方法に変更がなされたのでしょうか。
昭和天皇武蔵野陵
昭和天皇武蔵野陵
香淳皇后武蔵野東陵

前方後円墳等の古墳に埋葬されていた天皇は、江戸時代には供養としてのお堂や石塔などに変わるようです。第121代孝明天皇陵になって再び古墳という形が採用され、次代の明治天皇陵になり、第38代天智天皇陵に習い上円下方墳という墳形が採用されました。以降、古墳という形と上円下方墳という祭祀が続けられています。

近年になって、墳形のお手本とされてきた天智天皇陵は上円下方墳の円丘部とされてきたところが、八角形であることがわかりました。この日は参拝される方々もおり、陵墓付近は護衛されています。古代でいうところの陵守でしょうか。日本の伝統と歴史の長さを感じることができます。
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Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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