FC2ブログ

狛江の古墳7 亀塚古墳

亀塚古墳は東京都狛江市に所在します。狛江古墳群中の1基です。狛江古墳群は、江戸時代の地誌「新編武蔵風土記稿」の中で百塚として紹介されていることから、往時はかなりの数の古墳が存在したものと思われます。

狛江古墳群は大きく和泉、猪方、岩戸の3つの支群に分けられています。亀塚古墳はこのうち、猪方支群に含まれています。和泉支群だけでなく、狛江古墳群の中でも唯一確実な前方後円墳です。全長は約40m、後円部直径約31m、前方部長さ約9mを測り、前方部が後円部に比べて短い帆立貝式の前方後円墳です。

1951(昭和31)年に発掘調査が行われ、埋葬施設は後円部から上下に木炭槨が2基、前方部からも箱式石棺1基が確認されています。後円部の木炭槨からは銅鏡(人物画像鏡)、金銅製毛彫飾板、馬具、直刀、鉄鏃などが出土しています。これだけ貴重な古墳であるにも関わらず、後円部は削平されてしまい、現在は前方部の一部が保存されているだけです。

今回、史跡公園として整備されたと聞き、訪れてみました。この古墳はこれまで数多く訪れていますが、最初に訪れたときは入口がとてもわかりずらかったように思います。ブロック塀に案内表示があり、狭い路地を入ると前方部に到着します(2020年6月撮影)。
亀塚古墳
亀塚古墳

住宅街の中に削平された後円部の形状に沿って道路が走っています。
亀塚古墳

こちらは整備される前の状況です。空き地ができていました(2018年5月撮影)。
亀塚古墳

前方部を側面から見た風景です。現在は手前が宅地化しており、見ることはできません(2008年11月撮影)。
亀塚古墳

前方部頂きには徳富蘇峰氏による「狛江亀塚」の石碑があります。元々は調査後、後円部に建立されたものが移設されたそうです。
亀塚古墳

石碑の背面です。写真は以前のもので、今回訪れた際には樹木により見ずらくなっていました。野ざらしで風化もしているようなので、こちらも何らかの方法で保存されるといいですね。
亀塚古墳

いよいよ整備された亀塚です。路地からの入口も残されていますが、新たに史跡公園として整備されました(2020年6月撮影)。
亀塚古墳

前方部に至る道です。中央の色が変わっているタイルは前方部先端の周溝を表しています。
亀塚古墳

解説版も新しくなりました。
亀塚古墳
亀塚古墳
亀塚古墳

前方部から撮影した入口です。
亀塚古墳

前方部の周溝は途切れることなく、その代わり後円部北側の周溝が一部途切れて墓道となっているようです。前方部からも埋葬施設が確認されているので、あらかじめ前方部にも埋葬する計画があったのでしょうか。ところで前方部の石棺は調査後、どこにいったのでしょうか。破壊されてしまったのか、残されている前方部に保存されているのか興味があります。
スポンサーサイト



狛江の古墳6 猪方小川塚古墳その後

先日、東京都狛江市の猪方小川塚古墳を訪れてきました。

以前、発掘調査が行われ2012年に現地説明会が開催されました(http://kamenaoki.blog.fc2.com/blog-entry-156.html)。
狛江古墳群は大規模な群集墳でしたが、開発によりそのほとんどは発掘調査が行われることなく、削平されてしまいました。そうした中で、猪方小川塚古墳は発掘調査により切石積みの横穴式石室が確認されたことから、市指定史跡として保存が図られ、今年の4月に整備公開が決まりました。念願の…と思っていたらコロナの影響で、見学を自粛していましたが、やっと再訪することができました(2020年6月撮影)。
猪方小川塚古墳
猪方小川塚古墳
猪方小川塚古墳

周溝の一部も復元されています。
猪方小川塚古墳

石室は補強がなされ、覆屋が造られていました。
猪方小川塚古墳

保存された横穴式石室です。狛江古墳群の中でも確実に横穴式石室を埋葬施設とすることが判明した古墳です。
猪方小川塚古墳
猪方小川塚古墳

玄室は少し見学しずらいようです。覆屋の奥は住宅と接しているため、見学は遠慮しました。
猪方小川塚古墳

今回、訪れた際は周囲に新築の住宅が並び、少し迷ってしまいました。住宅街の一角に保存され、都内でも横穴式石室が見学できる数少ない古墳です。また、狛江古墳群の中でも古くから有名な亀塚古墳も新たに整備が行われていました。そちらの方はまた次回にでもご紹介します。

白坂横穴墓群

予約投稿です。

白坂横穴墓群は東京都町田市に所在します(市指定史跡)。
往路景色

沢谷戸自然公園より見た横穴墓が位置する斜面です(2011年4月撮影)。
白坂横穴墓群遠景

正面の階段を登ったところが横穴墓です。
白坂横穴墓群入口
白坂横穴墓群

2基の横穴墓が見学できるようになっています。上段が正面右手、下段が左手の横穴墓です。
白坂横穴墓群右側横穴

奥が一段高く掘り残されており、玄室との境を造り出しています。
白坂横穴墓群左側横穴

周辺には2基以外の横穴墓と思われる穴がありました。
白坂横穴墓群横穴墓か

この日は天気が良かったので、内部はあまり観察できませんでした。以下は、以前訪れた際の写真です(1993年5月撮影)。正面右手の横穴墓です。床面には礫が敷かれ(礫床)、奥壁と側壁には横穴を掘削した際の、工具の痕が明瞭に観察できます。また、手前には石で仕切りがなされています(間仕切り)。この仕切りの奥が埋葬された場所と思われます。
白坂横穴墓群

玄室より入り口を見たものです。丁寧に構築されているのがわかります。
白坂横穴墓群

西谷戸横穴墓群

予約投稿です。

西谷戸横穴墓群(東京都指定史跡)は東京都町田市に所在します。有名な緑山スタジオの近くです。

途中で立ち寄った三輪中央公園付近の桜です。早く暖かくならないですかね(2011年4月撮影)。
往路

横穴墓群が構築されている丘陵斜面です。
西谷戸横穴墓群

西谷戸横穴墓群はこれまでに9基の横穴墓が確認されており、発掘調査により5号墓からは金銅製圭頭大刀が出土しており、人物、船などの線刻壁画も確認されているそうです(中央上段)。
西谷戸横穴墓群
西谷戸横穴墓群
西谷戸横穴墓群

時期的なものなのか、副葬品に圭頭大刀が含まれているのにも関わらず、ここでも高塚古墳は確認されていません。横穴墓群はフェンスに囲まれており、内部を見学することはできません。近年、横穴保存のため埋め戻しがなされたようです。

久保ヶ谷戸横穴墓

予約投稿です。

久保ヶ谷戸横穴墓は東京都町田市に所在します。多摩ニュータウン建設に先立って、発掘調査が行われています。横穴墓は通常、いくつもの群をなして造られることが多いのですが、この横穴墓は単独で、その構造にも特徴があります。まず、墓前祭祀を行う場所である前庭部と呼ばれる場所の長さが長いこと、その側壁と墓室入口には石垣状に河原石が積み上げられていることにあります。

横穴墓は三ッ目山公園内にありますが、現状保存ではなく場所を移動したレプリカです。ただし、実際に出土した河原石で造られているそうです(2016年12月撮影)。
久保ヶ谷戸横穴墓

長い前庭部です。長さ約19m、幅約4mを測り、高さは3.3m以上もあったものと推測されています。
久保ヶ谷戸横穴墓前庭部より
久保ヶ谷戸横穴墓

入口は加工された切石によって塞がれ、墓室への門扉のようになっています。
久保ヶ谷戸横穴墓閉塞石

以下の写真は発掘調査時に行われた現地説明会で撮影したものです(1997年10月撮影)。
久保ヶ谷戸横穴墓

石垣状の石積みの前に長い前庭部が拡がっています。
久保ヶ谷戸横穴墓前庭部より

石積みと墓室入口です。
久保ヶ谷戸横穴墓羨門前庭部石積

玄室には河原石が敷かれています(礫床)。下段奥(右側)には間仕切りがなされ、床面も高くなり棺台を造り出しています。
久保ヶ谷戸横穴墓玄室上部より
久保ヶ谷戸横穴墓礫床棺台

遺物は前庭部から直刀1点、六窓鍔1 点、鉄鏃7 点、須恵器の大甕などが出土しています。
久保ヶ谷戸横穴墓出土六窓鍔

市内では横穴墓は知られていますが、高塚古墳の存在はその可能性があるものの、明らかになっていません。単独で存在することからも本来は高塚古墳に埋葬される身分に匹敵する方だったのではないでしょうか。あえて古墳を造らずに、横穴式石室の影響をうけたと考えられる河原石を使用した丁寧な横穴墓を築造した理由は何だったのでしょうか。

プロフィール

kame-naoki

Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
Love Clock
グラフィカルとけい
Sweets
にほんブログ村
リンク