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那古野山古墳

以前(「名古屋 最終日」参照)ご紹介した大須観音付近の商店街に入ると、公園内に那古野山古墳があります(2013年8月撮影)。
那古野山古墳

この辺りには江戸時代、清寿院という寺院があり、この古墳も境内に取り込まれたそうです。その後、明治時代になり清寿院は廃寺となり、周辺は浪越公園という市内で最初の公園として開放されたそうです。現在は浪越公園跡という看板がたち、その一角に古墳が保存されています。

前方後円墳である那古野山古墳も前方部は削平され、現在は直径22m、高さ3mの後円部のみが残っています。かつて須恵器の有蓋脚付短頸壺が出土しています。
那古野山古墳墳丘

この遺物は付近にある富士浅間神社に保存されているそうです。
富士浅間神社

本殿奥は一段高くなっているように思いますが、富士塚なのでしょうか。
富士浅間神社本殿奥


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名古屋城の古墳

ご無沙汰しております。

忙しさのせいか、ついにダウンしてしまいました。少しずつですが復活しつつあります。今日はリハビリもかね、電車に揺られて骨董市に出掛けてきました。紅葉がとても綺麗でした(2013年11月撮影)。
境内紅葉と五重塔

しばらく古墳ネタが更新ができなかったので、今回は名古屋城内にある古墳のご紹介です。正確には城内に移築された埋葬施設です。

お仕事の関係で名古屋城内を訪れたときに初めて気がつきました。それは戦災によって焼失した天守閣の礎石が保存されている一角にあります。あれはまさかと思いつつ…。
名古屋城天守礎石

今回名古屋城を訪れた際に、ゆっくりと見学してきました。正面から見たところです。横穴式石室というよりも天井部が家の屋根のような形をした巨大な石棺です。正面には出入口も見えています(2013年8月撮影)。
団原古墳石棺式石室

横から見るとこんな感じとなります。本来は横穴式石室の中に入れられる家形石棺が巨大化して、石室と石棺が兼用されています。このようなタイプの埋葬施設を石棺式石室と呼ぶそうです。
団原古墳石棺式石室側面

この石棺式石室は名古屋市内から出土したものではなく、島根県松江市に所在した団原古墳から出土したものが、城内に移築されものだそうです。

入鹿村古墳

いよいよ10月に入りました。つい先日まで蝉さんが鳴いていたように思います。

さて、前回犬山市にある明治村をご紹介しました。明治村には何と古墳もあるのです。明治村からは入鹿池という貯水池が見えます。もともとは江戸時代に作られた溜池だそうです(寛永10年完成)。
入鹿池

それ以前には村が存在し、古墳時代には屯倉が置かれていたそうです。この古墳に埋葬された方もそうしたことと関係しているのでしょうか。垣根の奥が墳丘です。
入鹿村古墳

詳細は不明ですが、直径15mほどの円墳と考えられています。
入鹿村古墳墳丘

墳丘の奥には横穴式石室が開口しています。
入鹿村古墳石室開口部

まさか明治村で古墳まで見学できるとは(笑)。
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カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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