岩殿寺横穴

逗子市久木に所在する岩殿寺の本堂裏手に横穴墓があります。玄室奥壁に後世に穴が掘り込まれ、そこに石造観音像が祀られています。岩殿観音として知られ、中世には源 頼朝等が参拝されたそうです。
岩殿寺参道

岩殿寺やぐらとして知られていましたが、赤星氏の報告では大磯町に所在する揚谷寺谷戸横穴墓群第11号墓(装飾系古墳参照)のように天井部分が家形を呈する構造であったようです。
岩殿寺横穴

近年、コンクリート造りに改変されたようです。赤星氏は、同境内に所在する蛇穴も横穴墓である可能性を指摘されており、岩殿寺横穴とともに横穴墓群を構成するものと考えられています。
岩殿観音

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先祖やぐら横穴

先祖やぐら横穴は逗子市沼間地区に所在しています。赤星氏によって、桐ヶ谷氏先祖やぐら横穴として報告されています。やぐらと横穴の名称が混在しているのは、古墳時代の横穴墓が、中世にやぐらとして再利用されていたことが判明したからです。

この横穴墓の特徴は、通常は遺体を埋葬する部屋である玄室のほぼ中央をさらに掘りこみ、棺室という小部屋を構築していることにあります。棺室には短い通路も伴うことから、横穴墓の中にさらに小さな横穴墓があるような構造です。この棺室部分に埋葬されたものと考えられています。中央奥に棺室が見えています(1995年3月撮影)。
先祖やぐら横穴

また、横穴墓は通常、複数の横穴墓とから群を構成しますが、先祖やぐら横穴はこれまでのところ単独で存在しているようです。それまで高塚古墳を築造する伝統がなかったから、横穴墓を構築したのでしょうか。
先祖やぐら横穴玄室より

中世にはやぐらとして五輪塔が祀られて再利用され、土地所有者の方によって、先祖やぐらとして大切に現在まで守られています。また、先祖やぐら横穴として市指定文化財となっています。
先祖やぐら横穴棺室五輪塔

新宿横穴墓群

逗子市新宿(しんじゅく)地区の逗子海岸近くに新宿横穴墓群があります。

大正12(1923)年の関東大地震によって横穴墓が開口し、その存在が知られたようです。その後、大正14(1925)年、昭和3(1928)年に発掘調査が行われ、これまでに22基の横穴墓が確認されています。横穴墓群は新宿稲荷神社周辺に位置しています。正面奥に稲荷神社の鳥居があります(1994年11月撮影)。
新宿横穴墓群遠景

稲荷神社下には庚申塔が置かれていました。
新宿横穴墓群庚申塔

報告によると胸の部分に鉄製刀子が置かれていたものや銅釧(腕輪)を身につけたものや火葬された人骨も確認されています。

とりわけ赤星氏によって、第1号と呼称された横穴墓からは4体の人骨が確認されており、このうちの1体からは青銅製の鈴釧(六鈴)、首飾りに使用された玉類多数、圭頭柄頭が確認されており注目されます。鈴釧は鈴がついた腕輪で、東日本では神奈川県平塚市根坂間横穴群(六鈴)や宮城県名取市熊野堂横穴墓群(五鈴)等から出土しています。

腕輪を生前に身につけていた方は、力仕事等日常の生活には支障があったものと推測され、あるいは卑弥呼のようなシャーマン的な役割を担った人物だったのかもしれません。

横穴墓群はその後、土取りや開発によってほとんど破壊されてしまったようです。かなり以前に私が訪れたときには奥壁部分と思われるもの、天井部が崩落した横穴墓の痕跡や戦時中の防空壕を確認することができましたが、今はどうなっているのでしょう。
新宿横穴墓群

新宿横穴墓群

新宿横穴墓群防空壕

これまで逗子市内では、1999年(平成11)年に長柄桜山古墳群が発見されるまで高塚古墳の存在は知られておらず、横穴墓が主流となる地域です。その違いはどこにあるのでしょうか。

ちなみに昭和年間に行われた発掘調査では、のちに騎馬民族征服王朝説を唱えたことで知られる江上波夫氏が調査に参加されています。
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カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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