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山野根横穴墓群

予約投稿です。

前回ご紹介したように山の根地区には多くの横穴墓群が確認されています。市内の遺跡は赤星直忠氏によって確認され、調査されたものも多く存在します。手元に資料がないので不明ですが、山野根横穴墓群は訪れた当時の写真を見ると、9号墓まで写真があるので9基以上から構成されていたものと推測されます。横穴墓群は個人住宅の裏山に存在しています(1994年撮影、撮影月不明)。

まずは8号墓です。玄室奥に低い棺座が見えています。以前は倉庫として使われていたのでしょうか。
山野根横穴墓群

棺座から入口方向を撮影したものです。
山野根横穴墓群

次は7号墓です。こちらには棺座は設けられていないようです。
山野根横穴墓群

5号棺です。写真からはわかりずらいですが、玄室奥壁が掘り込まれ、高棺座が設けられているようです。
山野根横穴墓群

棺座から埋まっている入口方向を撮影したものです。
山野根横穴墓群

最後に3号墓です。8号墓と同じく、玄室奥に低い棺座が設けられています。
山野根横穴墓群

棺座から入口方向を撮影したものです。
山野根横穴墓群

現在、これらの横穴墓群がどうなっているのかはわかりませんが、当時は保存良好なことがわかります。また、棺座が設けられている例が多いことがわかります。熊野神社横穴墓群にはミニ横穴や同じく棺座が設けられた横穴があり、また周辺には以前ご紹介しました山の根谷装飾横穴(装飾系古墳参照)などもあり、とても興味ある地域です。
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山の根熊野神社横穴古墳墓群

山の根熊野神社横穴古墳墓群は熊野神社の裏山に所在します。山の根地区には多くの横穴墓が存在するようです(1994年11月撮影)。
山野根熊野神社横穴墓群

これまでに7基の横穴墓が確認されているようですが、特徴的な何基かをご紹介します。手元に資料がないので詳細は不明ですが、こちらはミニ横穴で一番小さい横穴です。火葬しないと埋葬は困難と思われます。手前に石室の扉石と思われるものがあります。
山野根熊野神社横穴墓群

写真がブレていますが、この横穴には右手に棺座が造り出されているのがわかります。
山野根熊野神社横穴墓群

次の横穴では奥壁際が一段高く削り残されています(高棺座)。
山野根熊野神社横穴墓群

同じ横穴の玄室から入口方向を撮影したものです。
山野根熊野神社横穴墓群

この横穴の奥壁には線刻のようなものが、彫りこまれています。後世のいたずら書きでしょうか。それとも当時のものでしょうか。気になるところです。
山野根熊野神社横穴墓群
山野根熊野神社横穴墓群

現在は横穴に柵が設けられ、内部は見学できないようです。

岩殿寺横穴

逗子市久木に所在する岩殿寺の本堂裏手に横穴墓があります。玄室奥壁に後世に穴が掘り込まれ、そこに石造観音像が祀られています。岩殿観音として知られ、中世には源 頼朝等が参拝されたそうです。
岩殿寺参道

岩殿寺やぐらとして知られていましたが、赤星氏の報告では大磯町に所在する揚谷寺谷戸横穴墓群第11号墓(装飾系古墳参照)のように天井部分が家形を呈する構造であったようです。
岩殿寺横穴

近年、コンクリート造りに改変されたようです。赤星氏は、同境内に所在する蛇穴も横穴墓である可能性を指摘されており、岩殿寺横穴とともに横穴墓群を構成するものと考えられています。
岩殿観音

先祖やぐら横穴

先祖やぐら横穴は逗子市沼間地区に所在しています。赤星氏によって、桐ヶ谷氏先祖やぐら横穴として報告されています。やぐらと横穴の名称が混在しているのは、古墳時代の横穴墓が、中世にやぐらとして再利用されていたことが判明したからです。

この横穴墓の特徴は、通常は遺体を埋葬する部屋である玄室のほぼ中央をさらに掘りこみ、棺室という小部屋を構築していることにあります。棺室には短い通路も伴うことから、横穴墓の中にさらに小さな横穴墓があるような構造です。この棺室部分に埋葬されたものと考えられています。中央奥に棺室が見えています(1995年3月撮影)。
先祖やぐら横穴

また、横穴墓は通常、複数の横穴墓とから群を構成しますが、先祖やぐら横穴はこれまでのところ単独で存在しているようです。それまで高塚古墳を築造する伝統がなかったから、横穴墓を構築したのでしょうか。
先祖やぐら横穴玄室より

中世にはやぐらとして五輪塔が祀られて再利用され、土地所有者の方によって、先祖やぐらとして大切に現在まで守られています。また、先祖やぐら横穴として市指定文化財となっています。
先祖やぐら横穴棺室五輪塔

新宿横穴墓群

逗子市新宿(しんじゅく)地区の逗子海岸近くに新宿横穴墓群があります。

大正12(1923)年の関東大地震によって横穴墓が開口し、その存在が知られたようです。その後、大正14(1925)年、昭和3(1928)年に発掘調査が行われ、これまでに22基の横穴墓が確認されています。横穴墓群は新宿稲荷神社周辺に位置しています。正面奥に稲荷神社の鳥居があります(1994年11月撮影)。
新宿横穴墓群遠景

稲荷神社下には庚申塔が置かれていました。
新宿横穴墓群庚申塔

報告によると胸の部分に鉄製刀子が置かれていたものや銅釧(腕輪)を身につけたものや火葬された人骨も確認されています。

とりわけ赤星氏によって、第1号と呼称された横穴墓からは4体の人骨が確認されており、このうちの1体からは青銅製の鈴釧(六鈴)、首飾りに使用された玉類多数、圭頭柄頭が確認されており注目されます。鈴釧は鈴がついた腕輪で、東日本では神奈川県平塚市根坂間横穴群(六鈴)や宮城県名取市熊野堂横穴墓群(五鈴)等から出土しています。

腕輪を生前に身につけていた方は、力仕事等日常の生活には支障があったものと推測され、あるいは卑弥呼のようなシャーマン的な役割を担った人物だったのかもしれません。

横穴墓群はその後、土取りや開発によってほとんど破壊されてしまったようです。かなり以前に私が訪れたときには奥壁部分と思われるもの、天井部が崩落した横穴墓の痕跡や戦時中の防空壕を確認することができましたが、今はどうなっているのでしょう。
新宿横穴墓群

新宿横穴墓群

新宿横穴墓群防空壕

これまで逗子市内では、1999年(平成11)年に長柄桜山古墳群が発見されるまで高塚古墳の存在は知られておらず、横穴墓が主流となる地域です。その違いはどこにあるのでしょうか。

ちなみに昭和年間に行われた発掘調査では、のちに騎馬民族征服王朝説を唱えたことで知られる江上波夫氏が調査に参加されています。
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Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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