塚越古墳

塚越古墳は神奈川県平塚市に所在します。

これまで前方後方墳の可能性が指摘されていましたが、発掘調査により確定されました。右手が後方部、左手が前方部です(2016年10月撮影)。
塚越古墳

後方部に比較して前方部の高さが低いのが特徴です。
塚越古墳後方部より
塚越古墳前方部より

墳丘は周辺がかなり削平されているようですが、墳裾と周溝の一部が石列によって復元されています。
塚越古墳後方部の状況

後方部墳頂には石造物が祀られています。
塚越古墳後方部墳頂石造物

ちなみに、こちらが今から約20年前に撮影した塚越古墳です。周辺が区画整理事業により、大きく変貌したことが伺えます。
塚越古墳
塚越古墳前方部より

前回平塚の古墳でご紹介した、前方部から見た北金目神社古墳の森です。塚越古墳は前方後方墳、北金目神社古墳は大型の方墳と古墳時代前期の墳形が方形指向であることは興味があります。
<塚越古墳前方部より



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坂本1号墳

坂本古墳群は三重県明和町に所在します。このうち主墳である1号墳は全長約31mを測る前方後方墳です(県指定史跡)。

斎宮歴史博物館を北上します。この日は良い天気で、景色も綺麗でした(2016年5月撮影)。
坂本古墳群往路

奥に古墳とおぼしき墳丘が見えてきました。
坂本1号墳

緑地として保存されているようです。1号墳の他にも草木により、わかりずらいですが低い墳丘の古墳がいくつかあるようです。
坂本古墳群墳丘
坂本古墳群墳丘

1号墳です。右側は後方部、左側に低い前方部があります。
坂本1号墳

上段は後方部より前方部、下段は前方部より後方部を撮影したものです。1号墳は発掘調査により、埋葬施設は木棺を直葬したもので、金銅製の装頭椎大刀等が出土しています。
坂本1号墳後方部より
坂本1号墳前方部より

前方後方墳はとりわけ東日本では小地域で最初に築造される古墳の形として知られています。その後、前方後円墳というお墓の形が登場するとそれに取って変わるというのが通説です。ところがごく一部の地域では古墳時代前期でなく、後期に入ってから築造される前方後方墳もあります。坂本1号墳もそうしたうちの1基です。やっと見学することができました。

坂本古墳群周辺には多数の古墳が存在していたようですが、削平され保存されている地域以外ではほとんど墳丘を確認することができません。長閑な風景からは想像がつきませんね。

高坂8号墳

前回ご紹介した高坂古墳群の続きです。

高坂8号墳はこれまで円墳と考えられてきましたが、土地区画整理事業に伴う事前の発掘調査によって前方後方墳であることが確認されました。発掘調査により鏡(捩文鏡)、工具類(鉄製槍鉋)、玉類(管玉、勾玉)などが出土したそうです。

しかし残念なことに調査後、墳丘は削平されてしまい訪れたときには見学することができませんでした。写真は他の方々の紹介等を参考にするとくびれ部付近にあたるのではないかと思います(2016年1月撮影)。
高坂8号墳付近

隣接して高坂神社があり境内には9号墳がありますが、こちらも墳丘はほとんど削平されてしまったようで、わずかにその痕跡をとどめています。9号墳は円墳と考えられているようです。
高坂9号墳

そして注目されることは両墳の間から三角縁神獣鏡と呼ばれる鏡が出土したことです。正式には埼玉県では初の出土例となります。遺構に伴う出土なのか調べていないのでわかりませんが、これがもし8号墳と関連するとしたら大変重要です。何故なら東日本の前方後方墳からはこの種の鏡が出土しないということが、これまでのほぼ通説となっているからです。
高坂神社(左手9号墳)

そうした意味でも、古墳が削平されてしまったことはとても残念に思います。古墳から出土した副葬品が指定文化財となり、博物館に展示されたとしても、それは古墳から切り離された美術品に過ぎないと考えるからです。現地で古墳を見て、そこから出土した展示品を見て初めて歴史を体験できるものと思います。

鎮守森古墳

鎮守森古墳は福島県会津坂下町に所在します。近接して福島県最大の前方後円墳である亀ヶ森古墳(全長約127m)が位置しています。

田園地帯を歩いていると遠くに両古墳が見えてきました。東北地方の古墳を訪れると景観が美しいです(2007年9月撮影)。
亀ヶ森・鎮守森古墳遠景

右側の森が鎮守森、左側の森が亀ヶ森古墳です。
亀ヶ森・鎮守森古墳

鎮守森古墳は全長約55mを測る前方後方墳です。手前が前方部です。
鎮守森古墳
鎮守森古墳後方部側より

鎮守森、亀ヶ森古墳は国指定史跡で、将来的に整備される模様です。
鎮守森古墳

後方部は古墳の主軸に対して横が長い幅広のタイプです。墳頂には八幡神社が祀られています。
鎮守森古墳後方部
八幡神社

鎮守森、亀ヶ森古墳は周溝が隣接するように存在しています。古墳の主軸もほぼ同じ方向を向いて築造されており、両古墳は密接な関係にあったものと考えられます。にも関わらず鎭守森は前方後方墳、亀ヶ森古墳は前方後円墳と墳形は異なります。それだけでなく、古墳の規模も亀ヶ森古墳に至っては一段と大きくなります。埋葬された方の身分や出自の違いなのか、何か歴史的な画期があったのか興味があります。

権現山古墳群

権現山古墳群は埼玉県ふじみ野市に所在します。

前方後方墳1基、方墳11基が発掘調査により確認され、埼玉県指定史跡として公園内に保存されています(2010年5月撮影)。
権現山古墳群

2号墳は全長約32mを測る前方後方墳ですが、前方部は低く墳丘は明確ではありません。写真は道路側から撮影した後方部です。
権現山2号墳後方部

こちらは公園側から撮影。私が訪れた時には整備中なのか公園内に入ることはできませんでした。残念。
権現山2号墳
権現山2号墳
権現山2号墳後方部側より

2号墳の周囲には方墳が取り巻くように確認されていますが、いずれも低い墳丘です。ここでもやはり前方後方墳とセットになっているようです。

古墳が所在する権現山は徳川家康一行が鷹狩りの際に休息した場所と伝えられています。また、最近になって古墳群の近くにある御嶽山神社が発掘調査により、古墳であることが確認され、しかも全長推定約30mの前方後円墳の可能性があるとの報道がされておりました。
権現山古墳群遠景

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カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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