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川崎の古墳26 塚越古墳

塚越古墳は川崎市幸区塚越に所在します。地名もその名の通り古墳の存在に由来しています(2015年7月撮影)。
塚越古墳

住宅街に囲まれていて、全体を見ることはできませんが、道路側からその存在を知ることができます。現状直径約18m、高さ約3.2mを測る円墳です。
塚越古墳

塚越古墳の墳丘は付近に位置する御嵩神社造営の際に、一部削平され神社の土盛りに利用されたそうです。その際、直刀が出土したということです。平成25(2013)年に発掘調査が行われ、古墳の周溝が確認され円筒埴輪が出土しています。諏訪天神塚古墳や二子塚古墳(川崎の古墳6・7)などどとともに市内の沖積低地における古墳の存在が明確となりました。

写真は塚越古墳の墳丘が使用されたとされる御岳神社です。御嶽神社

周囲が削平されたことによるものか、盛土されたためか定かではありませんが、かなりの高さの基壇の上に立っています。もしかしたら御嵩神社そのものも古墳の上に建立された可能性もあるのではないかと考えてしまいます。
御嶽神社
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川崎の古墳25 春日神社境内の古墳

春日神社は川崎市中原区宮内に所在します。隣接してまんが寺で有名な常楽寺があります。

創建は平安時代まで遡ることが指摘されています。この拝殿奥には禁足地が存在します(2011年7月撮影)。
春日神社拝殿

江戸時代から霊石が存在する神聖な土地として知られていたようで、石櫃(石室か)から勾玉や管玉等が出土しています。中央に写っている石が霊石なのでしょうか。
春日神社禁足地

禁足地周辺は現状では墳丘と思われるものは確認できないようです。正式な調査を経ていないため詳細は不明ですが、前方後円墳と考えておられる方もいるようです。平成19(2007)年には禁足地内の記念植樹に際して赤い石と壺が掘り出されたそうです。
春日神社禁足地付近より

霊石が神聖なものとして古くから信仰の対象とされていたのだとしたら、古墳ではなく祭祀遺跡の可能性もあるのではないかと思います。

川崎の古墳24 片平富士塚

片平富士塚は川崎市麻生区片平に所在します。企業の厚生施設内に現状保存されています。グラウンド側から見るととても見晴らしの良いところに築造されているのがわかります(1992年2月撮影)。
片平富士塚古墳遠景

近年、測量調査が行われ長軸23m、短軸18m、高さ2.2mを測る円墳と推測されました。信仰塚の可能性もあるようですが、発掘調査は行われておらず古墳か否かは不明です。
片平富士塚古墳

富士塚という名前の割には墳丘は低いように思います。周辺には集落跡も確認されているようです。富士山が世界遺産に登録されたこともあり、富士塚も注目されるといいですね。

川崎の古墳23 五所塚

久し振りの古墳ネタでございます(笑)。

五所塚へは向ヶ丘遊園駅から梶ヶ谷行きのバスに揺られ、五所塚バス停下車です(川崎市宮前区所在)。

バス停付近の長い階段を上ります。写真は付近からの遠望です。中央奥に富士山が見えています。
五所塚往路より富士山

さらに進むと公園に到着します。この中に五所塚が保存されています(2011年5月撮影)。
五所塚

直径4m、高さ2m前後の小さな塚がほぼ直線状に五つ並んでいます。
五所塚

五所塚

五所塚については諸説あるようです。周辺に古墳が存在することから古墳の可能性も考えられますが、規模が小さいことや村境に位置することから、中世以降の信仰に関わる塚の可能性が有力みたいです。

信仰や供養に関わる塚という記述を良くみかけますが、その対象が何であったのかという具体的な内容がわかる例は少ないように思います。五所塚では石造物等は確認できません。また発掘調査も行われていませんが保存は良好です。

五所塚が位置する台地周辺は縄文時代の遺跡である権現台遺跡があることでも知られています。写真は谷を挟んで存在する長尾台遺跡付近から五所塚を撮影したものです。

古い写真なので色あせていますが、左手に給水タンクが見えています(1993年8月撮影)。以前はこれが目印でしたが、近年撤去されてしまったようです。
長尾台遺跡より五所塚方面

川崎の古墳22 蟹ヶ谷古墳群

以前、川崎の古墳4でご紹介した蟹ヶ谷伊勢台古墳群の現地見学会が開催されることを知り、行ってきました。なお、配布された資料が蟹ヶ谷古墳群となっているので、古墳群の名前を修正しました。

蟹ヶ谷古墳群現地見学会

本年度は古墳群の測量調査ということで2月27日から3月10日まで調査が行われたそうです。測量のために樹木が伐採されていて、以前訪れたときより見学しやすくなっていました(2013年3月撮影)。

古墳群は前方後円墳の1号墳、円墳の2・3号墳の3基からなります。

中央にある1号墳は全長約27mを測りますが、特に後円部が周囲を大きく削平されていることが判明しました。今回の調査で埴輪が採取されています。埴輪の特徴から6世紀末頃の築造と推測されるそうです。埋葬施設は後円部が大きく削られているにも関わらず、墳丘に石材が観察されないことから横穴式石室ではなく、竪穴系のものと推測されるそうです。
蟹ヶ谷古墳群1号墳後円部側より

蟹ヶ谷古墳群1号墳後円部の状況

2号墳は直径約13mを測り、3基の中では一番保存状況が良さそうです。
蟹ヶ谷古墳群2号墳

3号墳は南北約9m、東西11mを測る楕円形となりますが、これは墳丘の流失によるもので、もともとは円墳であったと考えられています。
蟹ヶ谷古墳群3号墳

2・3号墳は埴輪が採取されないことから、現段階では1号墳のあとに築造されたものと考えられています。
川崎市内では幸区にあった白山古墳(川崎の古墳19参照)や高津区にあった二子塚古墳(川崎の古墳6参照)が前方後円墳として知られていますが、現在はその面影はほとんどありません。そうした点からも1号墳が確認された意義は大きいそうです。

蟹ヶ谷古墳群の調査は平成24年度から5ヵ年計画で行われるそうです。今後の調査の成果が楽しみです。
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Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

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