平石古墳群

北江間横穴墓群見学後、伊豆箱根鉄道に乗り田京駅下車。平石古墳群に向かいます(2017年6月撮影)。

住宅街の中の坂道を登ります。
平石古墳群往路

ひたすら登ります。斜面にある横穴墓見学後なので、坂道がきついです(笑)。
平石古墳群往路

道に迷いましたが、どうやら近くに来た模様。と、空き地に古墳の石材のようなものが。
平石古墳群古墳石材か
平石古墳群古墳石材か近景

道路を挟んだ反対側に古墳の入口がありました。案内板が少し小さいです。
平石古墳群入口

墳丘が見えてきました。4号墳です。直径約14mを測る円墳です。
平石古墳群4号墳墳丘

裾部には外護列石と呼ばれる石列が巡っています。埋葬施設は横穴式石室です。
平石古墳群4号墳石室

羨道と玄室の境付近に石棺が置かれています。石室と石棺を作った方々が違うために寸法を間違ったのか、設計ミスなのか石棺が玄室に入らなかったようです。
平石古墳群4号墳家形石棺

本来、安置されるはずだった玄室内部です。
平石古墳群4号墳玄室

4号墳周囲には他の古墳の石室と思われる石材や墳丘とおぼしきものもありました。
平石古墳群石室天井石


スポンサーサイト

北江間横穴墓群 その2

予約投稿です。

前回に引き続いて、北江間横穴墓群のご紹介です。国の指定史跡です。前回は大師支群でしたが、今回は大北支群となります。

大師支群見学後、バイパスを挟んだ反対側の大北支群に向かいます。歩いているとそれらしきものが見えてきました(2017年6月撮影)。
北江間横穴群大北支群遠景

入口です。こちらは大師支群に比べて、わかりやすかったです。
北江間横穴群大北支群入口

横穴墓群が見えてきました。階段等がつけられ、見学しやすいようになっています。
北江間横穴群大北支群

横穴墓はいくつかのグループに分かれているようです。まずは西側の下段に位置する横穴墓です。比較的小型の横穴墓が所狭しと並んでいます。
北江間横穴群大北支群

この横穴墓には手前に排水溝が掘り込まれています。
北江間横穴群大北支群

32号墓です。墓前祭祀を行う前庭部と呼ばれるものが良く残っています。
北江間横穴群大北支群32号墓

32号墓の内部から撮影したものです。この大北支群では天井部がカマボコのような通常のものとは別に、四角を呈するものが目立つように思います。
北江間横穴群大北支群32号墓玄室より

続いて中段の一群です。
北江間横穴群大北支群

この中で特徴的なのは西側に位置する小型の横穴墓です。火葬骨を埋葬したものと推測されています。
北江間横穴群大北支群小型横穴

最上段の一群です。ここは見ごたえがあるのですが、足元に注意しながら登るのに一苦労しました。
北江間横穴群大北支群

こちらは横穴群中、最大の横穴墓です。
北江間横穴群大北支群
北江間横穴群大北支群

こちらの横穴墓では造り付けの石棺を見ることができます。
北江間横穴群大北支群
北江間横穴群大北支群造り付け石棺

最後に北側のグループです。このグループで特徴的なのは火葬骨を収める石櫃を伴う横穴墓の存在です。
北江間横穴群大北支群
北江間横穴群大北支群

石櫃です。蓋石が外されています。
北江間横穴群大北支群石櫃

別の1基です。こちらには複数の石櫃が確認できます。もともとあった横穴から、この横穴墓に集められたのかもしれません。同じ石櫃でもいろいろな形があるようです。
北江間横穴群大北支群
北江間横穴群135大北支群北側c石櫃

最後に北江間横穴墓群の中で有名な1基です。石櫃を伴う横穴墓ですが、石櫃に「若舎人」と刻まれています。日本の古墳では人名を記した墓誌が出土することは、まずありませんが役職等を示すものと思われ、大変貴重です。
北江間横穴群大北支群
北江間横穴群大北支群北側石櫃「若舎人」

大師、大北支群ともに、とても見ごたえのある横穴墓でした。



北江間横穴墓群 その1

以前から行ってみたいと思っていた、静岡県伊豆の国市に所在する北江間横穴墓群に行ってきました(2017年6月撮影)。

韮山駅下車で、徒歩で現地に向かいます。韮山といえば反射炉が、昨年、世界遺産に登録されたということで観光地しているかなと思いましたが、そうでもありませんでした。富士山が見えています。
往路富士山

途中、県道路沿いに神社がありました。境内には古墳のようなマウンドが。
豆塚神社
豆塚神社古墳か

横穴墓群の近くにいるはずなのですが、入口がなかなかわからず、うろうろしてしまいました。
往路景色

道を間違えたようですが、途中横穴墓のようなものを見つけました。
周辺横穴墓か

やっと道路沿いに標識を見つけました。細い山道を登って行きます。
大師支群入口

登りきると大きな横穴墓が見えてきました。
北江間横穴群大師支群

まずは1号墓です。大師支群の見どころは横穴に家形石棺を伴うことです。石棺の天井部が家の屋根のような形をしています。
北江間横穴群大師支群1号墓
北江間横穴群大師支群1号墓家形石棺

石棺内部です。ススのようなものが付着しています。
北江間横穴群大師支群1号墓家形石棺

玄室から入口方向を撮影したものです。手前に石棺が見えています。
北江間横穴群大師支群1号墓内部より

次いて隣にある2号墓に向かいます。
北江間横穴群大師支群2号墓

2号墓にも家形石棺がありますが、こちらのものは1号墓と異なり、地山の岩盤を石棺状にくり貫いて、その上に蓋石を置いています。1号墓の省略形なのでしょうか。石棺運搬の手間も少し軽減します。蓋石には何か文字のようなものが書かれていますが、横穴墓入口にも大師窟と書かれていたので、以前は信仰の対象だったのかもしれません。
北江間横穴群大師支群2号墓家形石棺

1・2号墓周辺にも横穴墓が開口しています。
北江間横穴群大師支群

8号墓です。入口手前には排水溝を伴い、奥には掘り残された高壇のようなものが見えています。
北江間横穴群大師支群8号墓

2号墓と同じく岩盤を掘り残し、内部をくり貫いて石棺を造り出しています。しかも左右両側にあります。大きさはさほど大きくありません。掘削当初からの計画的な造墓が窺えます。
北江間横穴群大師支群8号墓
北江間横穴群大師支群8号墓石棺上部より

ご紹介した石棺を伴う横穴墓は、他の横穴に比べて規模が大きく、斜面に掘られた位置も高いところにあるようです。このことはある程度の階層性が反映されているのかもしれません。

それにしても横穴墓と家形石棺の組み合わせは驚きです。一般的にマウンドを有する古墳と横穴墓とでは、埋葬される方の身分が拡がり、分化したものと説明されるようですが、この横穴墓群を見ていると、何故マウンドを有する古墳を築造しなかったのかが不思議です。

下田の古墳 了仙寺横穴遺跡

さて、下田の古墳編です。

下田駅からペリーロード方面に歩いていると多くの寺院があります。日蓮宗了仙寺は下田条約が調印された場所として知られています。この山門をくぐるとペリーロードに至ります。
了仙寺山門

本堂は国の指定史跡となっています。
了仙寺本堂

了仙寺の墓地には下田奉行今村家の墓所があり、立派な五輪塔が並んでいます。江戸時代前期の作だそうです。
了仙寺今村家墓五輪塔

境内を散策していると途中に、横穴遺跡の標識が…。今回はあまり時間がないので古墳は見れないと思っていましたが

正面奥がその洞窟です。内部から玉類や腕飾り、耳飾りなどが出土しているそうです。
了仙寺横穴遺跡

付近は岩盤であることから古墳を造るには適していなかったのでしょうか。こうした海蝕洞窟を墓として利用した例は神奈川県の三浦半島や千葉県館山市などで知られています。
了仙寺横穴遺跡

ペリーロードで見つけた彼岸花です。
ペリーロード彼岸花


プロフィール

kame-naoki

Author:kame-naoki
カメさんと遺跡巡りが趣味のおじさんです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
Love Clock
グラフィカルとけい
Sweets
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
にほんブログ村
フリーエリア
リンク